THE SPOTLIGHT JOURNAL

虚無主義者は氷の微笑を浮かべる。たまに猛毒を吐くかも…。当ブログの記事の引用や転載については、事前にコメントで一言添えて頂けると嬉しいです。

沖縄基地反対派の不都合な真実(2)~基地に絡むお金の話①~

私が沖縄の基地反対派を批判する理由は、基地反対の意見そのものに反対しているからではない。「平和を守れ!」「暴力反対!」「命の美ら海を守れ!」と叫びながら彼らの行為が到底平和的とは言えないからだ。簡単に言えば、彼らはその主張と実際の言動が矛盾しているのである。

 

彼ら基地反対派は、自らの反対運動を「非暴力の平和運動」を訴えながら、地元住民の迷惑を顧みず違法行為や迷惑行為を繰り返し、時としても暴力をふるう。2年前にThe FACTがYou Tubeで公開した沖縄平和運動センター議長の山城博治被告とその仲間が一人の防衛局職員を集団で襲撃する様子を見れば一目瞭然だろう。

 

また、普天間基地の大山ゲートや野嵩ゲートでは、活動家(しかも地元住民ではない)が「ヤンキーゴーホーム!」「ゲットアウト!」と大声をあげて通勤に向かう米軍関係者の車に対してヘイトスピーチをぶつけたり、道路に飛び出してその車の往来を妨害する嫌がらせも行っている。

 

加えて、反対派は「辺野古の美しい海を壊すな!」と声を上げる一方で、那覇空港の第二滑走路建設や那覇軍港の浦添移転に伴う埋め立てには一切反対しない。同じ様にサンゴや小さな生き物たちが生息している海なのにもかかわらずである。

 

今回は、こういった反基地運動家…特に地元以外の人間が普天間基地辺野古移設をなぜそこまでして反対するのか考察してみたい。

 

地元の辺野古区は移設受け入れ容認

 

そもそも、最も利害の大きい名護市自治区辺野古区は、一貫として普天間飛行場の移設受け入れを容認する立場を取ってきた。

 

辺野古区は米軍キャンプ・シュワブを誘致して以降、実に半世紀以上の繋がりがあり、シュワブの海兵隊辺野古区第11班として、地域の祭りやボランティア活動にも積極的に参加している。

 

とはいえ、地元民でも諸手を挙げて移設を容認した訳ではない。移設を受け入れる代わりに住民の生活基盤を整備するための振興策を取る事という条件が付されている。

 

<参照>

【辺野古移設】沖縄知事が無視する地元民意 移設容認の辺野古区(1/2ページ) - 産経ニュース

移設拒否の論理(1)「辺野古の民意は移設容認」なのに「沖縄の民意は移設反対」の矛盾 | 篠原章(経済学者・音楽評論家)主宰 

 

普天間移設が完了すれば、借地料は0に?

 

では、地元が受け入れを容認しているのにも関わらず、何故地元以外の人間が押し寄せてきて移設に反対しているのか。この理由としてどうしてもついて回るのが「マネー」であると言える。特に「軍用地の賃借料」(以下、借地料)の問題は大きい

 

沖縄の軍用地は大きく分けて、

  1. 国有地
  2. 県有地、市町村有地
  3. 民有地

がある。この内、県有地、市町村有地、民有地について日本政府は米国政府の肩代わりをする形でその借地料を沖縄県やその自治体、或いは地主に支払ってきた。

 

沖縄が本土復帰を果たした1972年度の借地料(自衛隊施設の賃借料も含む)その総額は106億円だったが、その額はどんどん増え続け、平成27年度には978億円に膨れ上がった。

 

普天間基地は現在、約480haの敷地面積を有しているが、そのうち約90%が民有地となっており、借地料は約71億円となっている。

 

しかし、移設先として埋め立てている辺野古の海域は国有地であり、新しく民間から土地を借り上げる訳ではない。つまり、普天間に軍用地を持っているごく一部の地主にとっては基地返還は借地料という利権を失う事になる。

 

勿論、すべての地主が辺野古移設に反対している訳ではないので、その辺は誤解の無い様にしてほしい。しかし、普天間が返還されるとその利権に預かれなくなる人間がいるのも事実と言える。詳しくは「一坪反戦地主」、「普天間爆音訴訟」を参照にしていただきたい。

<参照>

普天間飛行場について | 宜野湾市公式ホームページ

上がり続ける在沖縄米軍施設賃借料 政府、引き下げ検討へ 地主らへの「配慮」で膨らんだ政策を見直し(1/2ページ) - 産経ニュース

 

稲嶺進前名護市長は辺野古に反対する一方…

 

今年2月の名護市長選挙で、自民・公明両党の推薦を受けた新人の渡具知武豊(とぐち・たけとよ)氏が、現職であった稲嶺進氏を破って新しい市長の座に就いた。敗れた稲嶺氏は、2010年から2期8年にわたって「辺野古移設阻止」を訴え続けていた。

 

しかし一方、稲嶺氏は現職時代に米軍キャンプ・ハンセン(金部町と名護市の一部)の部分返還について、2度継続使用を要請している事実がある。

 

この部分返還は、2013年の日米合同委員会で合意されたもので、名護市南西部の喜瀬、幸喜、許田の3区にまたがる162haが返還される予定であったが、2014年に幸喜区の55ha、2017年に喜瀬区と許田区の計107haと2回に分けて返還された。

 

その理由として、返還予定地が急斜面で跡地利用が難しいことに加え、借地料が支払われなくなることを懸念したと思われる。

 

ハンセン一部返還へ 「細切れ」に名護市反発(琉球新報 2014年5月31日)

【東京】防衛省は30日、日米間で合意している米軍キャンプ・ハンセンの東シナ海の一部土地(約162ヘクタール)について、約55ヘクタールを6月30日に返還すると名護市に通達した。傾斜地にある土地で、市は「細切れ返還」になるとして返還期限の延長を求めていた。

返還予定地は1990年の日米合同委で返還に向けた手続きを進めることで合意。名護市が返還時期の延長を要望し、99年、2004年、10年の過去3度、返還が延期された。残りの107ヘクタールは17年6月30日までの返還が予定されている。
土地の95%超は市有地で、一部民間所有者も含まれる。返還について市は「反対の姿勢は変わらない。地元に配慮して対応してほしい」と反発している。

(引用終了)

 <出典>https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-226282.html

 

因みに、返還部分の年間約1億3000万円であった。つまり、急な山の斜面にあって農作地としても住宅地にも使えない土地を軍用地として米軍に貸し出す事で、名護市はそれまで1億円以上の金額を国から得ていたのである。実に美味しい話だ。

 

しかしながら、稲嶺氏は一方で「沖縄に基地は要らない」と辺野古移設を妨害してきたのである。何とも矛盾している。

 

勿論、色んな思惑はあるだろうが「普天間返還はダメ」「辺野古はダメ」とごね続けていては普天間基地は固定化されるばかりで、いつまで経っても基地負担は軽減されないある。返還合意以降も宜野湾市の人口は増え続けているし、米軍機もその住宅地の上空を飛んでいる(というより、そうせざるを得ない)。

 

何より、このまま普天間が固定化する事は宜野湾市の民意と受け入れ先の辺野古区民の民意両方を踏みにじる事になるといえるだろう。

 

<参照>

稲嶺名護市長の正体!二枚舌の男 - 狼魔人日記

稲嶺市長困惑!、きょうキャンプハンセン一部返還 - 狼魔人日記

 

<関連記事>

そもそも、普天間返還事業を滅茶苦茶にした元凶は… - THE SPOTLIGHT JOURNAL

沖縄基地反対派の不都合な真実(1)~辺野古移設反対派の主張の矛盾~ - THE SPOTLIGHT JOURNAL